テスト2

自分の着替えを準備した新八が居間に戻ると、すでに一番風呂を終えていた神楽がソファに座ったままゆらゆらと前後左右に揺れていた。オレンジ色の髪はまだしっとりと湿ったままで、大きな目をしきりにしぱしぱさせている。
「神楽ちゃん、眠いなら寝れば? もうふらふらじゃない」
「嫌アル……まだ眠るわけにはいかないネ、あと少しで渡鬼が始まる、卓造とピン子の泥沼離婚裁判の決着を見届けないといけないのヨ」
「いま渡鬼そんな展開になってるの!? いいから髪乾かしなよ。風邪ひくよ」
「んー……」
 曖昧に頷きはするものの、神楽の手は一向に動く気配がない。
「もう、仕方ないなあ。タオル借りるよ」
 新八は肩にかかったままの神楽のタオルを手に取ると、ソファの背もたれ越しに髪を優しくかき混ぜ始めた。いつもなら「触んじゃねーヨ新八のくせに」と照れ隠しの悪態のひとつも飛び出すところだが、神楽は何も言わずされるがままだ。
 無理もない、いつも閑古鳥が鳴いている万事屋には珍しく、今日は忙しい一日だった。人手が足りないからと駆り出された工事現場で朝から晩までこき使われ、特に神楽はその怪力を買われてガレキの運搬や資材の積み下ろしなどの体力仕事にかかりきりだったのだから、疲れて眠くなるのも当然だろう。
 丁寧に髪の水気を取っているうちに、神楽はすっかり新八に頭を預けて、目はもうほとんど閉じかけている。これはドラマが始まるまで耐えたところで、到底最後までは見られないだろう。
「……はい、乾いたよ。冷えないうちに早くお布団入りなね。ドラマはちゃんと録画しとくからさ」
 ぽん、と肩を叩いて促すと、神楽はまだ口をもにょもにょと動かしながらもソファから立ち上がった。ふわあ、と大きなあくびをして「さだはるぅ」と舌ったらずな声で呼ぶと、そばに寝そべっていた定春ものっそりと身を起こす。
「しんぱちぃ、髪、ありがとネ」
「ふふ、どういたしまして。おやすみ神楽ちゃん、定春」
「おやすみィ……」
 定春に半ばよりかかるような格好で神楽が自分の押し入れ(寝床)に歩いていく。と、それと入れ替わるようにして、二番風呂から上がった銀時が入ってきた。神楽に負けず劣らず濡れたままの天然パーマにタオルを引っ掛けている。
「おやすみィ銀ちゃん」
「おー、おやすみ。……何、アイツもう寝んの? ドラマ見るとか言ってなかったっけ」
 また大あくびをしながら居間を出ていく神楽を見送った銀時が首を傾げる。
「眠くなっちゃったみたいですよ。今日はだいぶ力仕事頑張ってくれてましたから」
「ふーん」
「それより、銀さんもちゃんと髪乾かしてくださいよ。あんたが一番風邪ひきやすいんですからね」
 じゃあ僕もお風呂入ってきますね、と着替えを手にした新八が銀時の横を通り抜けようとする。と、そのすれ違いざまに銀時ががしっと新八の手首を掴んだ。
「うわっ! び、びっくりしたぁ。どうしたんですかいきなり」
「……」
「銀さん?」
 自分で引き止めておきながら、銀時はむっつりと黙り込んだままで何も言わない。ただがっしりと掴まれた新八の手と、何も言わないくせに力を緩める気配も全くない銀時の手だけが、所在なげに宙に浮いている。……何なんだいったい。何がしたいんだこの人。
 そこでふと気づいた。銀時の目がちらちらと新八の手を、いや、新八の持っているタオルを見ていることに。 
 
「……もしかして、銀さんも髪乾かして欲しいんですか?」
「っ!」
 そっと尋ねると、銀時はあからさまにぎくりと肩を跳ねさせた。うろうろと視線を泳がせて「ばっ、なっ、ちげーし、別にそんなんじゃねーしィ」とぶつぶつ呟きながらも、新八の手は離されることなくぶらぶらと宙に揺れている。
 ……これの一体どこが「そんなんじゃない」のか。普段あれだけぐうたらして散々自分に世話を焼かれているくせに、銀さんはたまにこんな風に謎の照れを見せることがある。
  呆れと同時に妙な愛おしさとおかしさが込み上げてくる。勝手にニヤつき始める顔を隠して、新八はくるりと踵を返した。繋がれたままの手を引っ張って銀時をソファへと促す。
「っおい、新八」
「違うんならしょうがないですねえ。じゃあ僕からお願いしてもいいですか」
「は……?」
「僕も今日はいっぱい動いて疲れちゃったんで、お風呂から上がったら髪乾かす元気もなくてすぐ寝ちゃうと思うんですよ。……だから銀さんに乾かして欲しいんですけど、交換条件ってことでどうです?」
 わざと声をひそめて、いたずらっぽく笑ってみせる。すると銀時がぱっと目を見開いて、すぐに隠しきれないような笑みを滲ませた。
「し、しかたねーなァ。今日だけ特別だからな」
「わかってますって。ほら座ってください」
 いそいそとソファに座る銀時にいよいよ笑いが抑えられなくなる。そのうちこれも特別じゃなくなる日がくればいいのに、と思いながら、新八はそっと銀時の髪に触れた。